個人事業主の逸失利益の算定と減価償却費の扱い

固定経費は休業損害では考慮されるのに、後遺障害では考慮されない

前回の記事では、個人事業主の休業損害では固定経費を考慮するのに、こと後遺障害の逸失利益となるとそれをすべきでないという見解が主流であることを説明しました。

その論拠は、赤本2014年下巻32頁で指摘されるように、「休業損害の場面と違い、相当期間の労働能力の喪失を扱う後遺障害による逸失利益の場面では、労働能力の低下に応じて事業主側でも固定経費を抑制すべきであるから」という点にあります。
この記事を書いている弁護士も個人事業主なので、「仕事ができなくなったのならその分固定経費を抑制すればいい」とか簡単に言わないで欲しい…(;一_一)と思いますが、読み物で披露される論理としては説得力を持っており、一定の支持を集めるのだと思います。でも、現実の生活で日々の経費と戦っている個人事業主の皆様、この考えが明らかに当てはまらない項目がありますね。

事故前に取得した減価償却費については経費の抑制論が当てはまらないのでは?

「事故で後遺障害が残ったのなら、その程度に応じて固定経緯を削減すればいい」という考え方、これが休業損害と違って後遺障害の逸失利益で固定経費を考慮しない見解の論拠になっています。しかしながら、固定経費のうち、上記のような論が唯一当てはまらない項目があり、それが事故前に取得した資産に対する「減価償却費」です。
これは過去に取得した資産に対し、単に税理上の扱いとして、資産価値の経時的な減少に相当する額を控除することが認められているに過ぎません。したがって、将来の経費の抑制が当てはまりませんし、減価償却費まで含めて一切を考慮しないというのは、事故に遭うのを予見して投資設備を抑制せよ、と言っているに等しいものです。具体例で数字にすればその不当さが際立ちます。

具体的な事例をもとに検討

例えば、脱サラして貯金500万で償却資産を購入(償却期間5年)し、事業を開始した個人事業主Bを考えます【事例2】。分かりやすくするため、Bの年間売上は100万で、減価償却費も同じく毎年100万(500万/5年)とします。Bの申告所得は0円ですが、これは税理上の処理に過ぎないので実際は売上の100万を生活費に充て、それで何とか生活をしています。
Bが不慮の交通事故にあって後遺障害が残り、50%の労働能力の喪失となったとします。このとき、固定経費は考慮しないという立場を貫徹し、減価償却費を含めた一切の固定経費を基礎収入に含めない見解だと申告所得が0円なので逸失利益も0円になってしまいます。他方、減価償却費の基礎収入への組入れを行えば100万の50%に相当する50万が1年間の逸失利益となり、その方が補償の実情に即すことは明らかでしょう。

減価償却費を考慮しない立場はなぜ不当か?

これまで繰り返し述べたように、休業損害の場面で固定経費を考慮するけれども、こと後遺障害による逸失利益の場面でそれをすべきではないとする見解の論拠は、症状固定となった以降は、労働能力の喪失に応じた経費の抑制を被害者側でもすべきであるから、という点にありました。
確かに、事故後に支出される分の経費は被害者の方の努力で抑制が不可能ではないかもしれません。ですが、固定経費に含まれる経費の支出には、「事故後」に生じた経費だけではありません。「事故前」にもう支出したものを、事後的に計上している減価償却費に関しては、「労働能力の喪失に応じた経費の抑制を被害者側でもすべき」という理屈は当てはまりません。

被害者が事故前に既に投じた減価償却費に対してまで固定経費を考慮しない立場を貫徹する考え方は、上記の【事例2】においてBに対し、自らが将来交通事故にあって50%の労働能力の低下があることを予見して、予め償却資産の購入を500万の半分の250万に抑えておくべきとの論と同様です。また、減価償却費が過去に取得した資産の経時的な価値減少に対して認められる実際の支出を伴わない性質のものであり、それに相当する収入を含めて事業主の生活が回っていることを見落としています。

逸失利益の算定で固定経費を原則として考慮しないとしつつ、減価償却費は別であるとして考慮する裁判例あり

このように、休業損害とは異なり、後遺障害の逸失利益の算定の場面では固定経費を考慮すべきでないとの立場でも、減価償却費までそれを当てはめてしまうとおかしなことになります。

そこで、固定経費を原則として考慮しない立場の中でも、事故前に既に投じた資本に対する減価償却費に関しては事業主の側で経費の削減を期待すべきとの論が当てはまらないことに加え、その償却費も現実の支出が伴わない税理上の処理に過ぎないとして、基礎収入への組入れを行うべきとの立場があります。
これと同じような考え方を採用した裁判例としては、東京地裁平成27年3月26日判決(交通事故民事裁判例集48巻2号414頁、自保ジャーナル1950号1頁)があり、「後遺症による逸失利益を算定する上での基礎収入は、…事業を継続する場合には固定経費は被害者側で負担すべきものであり、事業を廃止する場合には固定経費は発生しないから、逸失利益を算定する上での基礎収入には固定経費を含めない。」としつつ、そのうち減価償却費を基礎収入に含めることは認め、「…被告は、減価償却費についても加算すべきではないと主張する。しかし、減価償却費は、所得税法において、過去に投資したものにつき、必要経費として償却費を控除することができるとされているにすぎないから、被告の主張は理由がない。」と減価償却費を含めるべきでないとの主張を一蹴しています。

そもそも減価償却費は税法上の控除に過ぎず、実際はその分を含めた収入で個人事業主の生活が維持されている

上記東京地裁の裁判例が言うように、減価償却費は、所得税法において、過去に投資したものにつき、必要経費として償却費を控除することができるとされているに過ぎないものです。

実際には、その控除された額を含めた収入でもって初めて個人事業主の生活が回っているものですから、その控除は青色申告特別控除額と同様に税理上の処理に過ぎないとも見ることができるでしょう。いずれにせよ、これを考慮した補償しないと明らかに不均衡と言えます。

固定経費の中でも、減価償却費はやはり考慮すべき

前回から引き続き、個人事業主の後遺障害による逸失利益に焦点を当てて多くの記事を書きました。休業損害では固定経費を考慮する、ただし、後遺障害による逸失利益に場面ではそれを考慮しない立場が優勢で、ただ、その立場に立っても減価償却費まで当てはめてしまうことには疑義がある、今はそのような状況にあります。

恐らく、交通事故の被害に遭われた個人事業主の方で、損害保険会社から提示された後遺障害逸失利益の補償の金額は、青色申告特別控除は加算があっても他の固定経費は考慮されていないと思われます。
でも、その論拠は症状固定後に被害者側で労働能力の喪失に応じた経費の抑制をすべきとの点にあり、事故前に取得した資産に対する減価償却費にまで当てはまるものではありません。また、減価償却費は過去に取得した資産の経時的な価値減少に対して認められる実際の支出を伴わない性質のもので、その点では青色申告特別控除と同様です。
この点は絶対に妥協せず、争うべきでしょう。なお、この記事は2018年7月現在における補償実務に基づき書いており、扱いが絶対に確定しているものではありません。今後、そう遠くない将来、具体的な事例の集積を通じて確定していく論点ではないかと、そのように考えています。

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