後遺障害による逸失利益の算定と固定経費の扱い

個人事業主の基礎収入の算定

地代家賃に代表される個人事業主の固定経費は、休業損害の算定において考慮されることが一般的な見解です(赤本2018上巻73~77頁参照)。例えば、月々の売上が30万、毎月の家賃が20万、差し引いた毎月の所得が10万の事業主Aに対し、所得10万円だけ補償されても結局Aは家賃が払えなくなり、事業が成り立たないからです【事例1】。

このように、個人事業主の休業損害の基礎収入の算定においては、固定経費を基礎収入に組み入れて計上する見解が通説的です。後遺障害による逸失利益の場合も同じように考えてよさそうですが、実はそう簡単ではありません。

個人事業主について後遺障害の逸失利益を算定するにあたり、休業損害と同じように固定経費を基礎収入に加えるべきかどうかは見解が分かれる

個人事業主の休業損害の算定にあたり固定経費を考慮する、これが通説的な見解であることはすでに述べました。ところが、逸失利益の算定において、同じ様に「固定経費」を考慮すべきかは見解が分かれます。

これを認めている裁判例も現実にありますが、このような立場は逸失利益の算定にあたっての基礎収入を休業損害の算定と同様に捉える[見解Ⅰ]のに対し、認めない見解は休業損害の算定と逸失利益の算定の違いを理由としています[見解Ⅱ]。
この点に関し、赤本2014年下巻32頁では、要旨、休業損害と異なり後遺障害逸失利益が相当期間の労働能力の喪失を取り扱うことや、完全休業の場合には事業の存続と維持を図る必要がないこと、一部休業の場合も被害者に固定経費の支出を抑制する必要があることを理由に、所得額に固定経費額を加算するということはしない、と述べられています。

見解の差、[見解Ⅱ]の根拠

上記のように、休業損害において「固定経費」を考慮する考えは一般的なのですが、後遺障害による逸失利益に関しては肯定・否定の両論があります。
このような違いは、上記赤本2014年下巻32頁で指摘されているように、事故直後の休業損害に関しては事業主の側で固定経費の支出を止めようがないので、それを考慮して補償の対象とすべきと考えられるものの、治療を続けて症状固定となり、労働能力喪失の残存が明らかになったような段階においては、もはや健常だったときに支出していたような固定経費を前提にした経営を続けるのではなく、判明した労働能力の喪失割合に応じた固定経費の支出に止めるよう、事業主の側で経営努力をすべきであるとの点に論拠があります。個人事業者からするとものすごくシビアなものいいですが、机上の論としては、あるのでしょう。

具体例

これは、具体的な事例を基に数字で検討すると分かりやすくなりますので、上記【事例1】を基に、事業主Aに後遺障害により50%の労働能力の喪失があったとして考えます。

この場合、[見解Ⅰ]の立場からは、所得10万に固定経費20万を加えた30万の50%に相当する月15万の補償となり、[見解Ⅱ]の立場からは、所得10万の50%の月5万だけの補償となるため、この補償の額だけを見ると[見解Ⅰ]と[見解Ⅱ]とで随分と補償の額に差があるように映ります(15万 > 5万)。しかし、[見解Ⅰ]の方は、15万のうち10万は固定費の支出に充てられることを前提としていますから、Aの実質的な手元に残る所得補償を5万して考えています。これと同じく、[見解Ⅱ]の方も、Aが自分の労働能力の喪失割合に応じて固定費を下げる、例えば他のテナントに引っ越すなどして20万の家賃を半分の10万に落とすことを前提として考慮しているので、所得補償は5万です。

したがって、[見解Ⅰ]も[見解Ⅱ]も、前提が違うだけで、被害者の手元に残そうとして目指している実質的な所得補償は(5万 = 5万)と同額です。
「いやいや、全然同じじゃないだろう! 半分売上落ちたなら他のテナントに引っ越して家賃半額にすればいいとか簡単に考えられても困る! 現実の経営はそんなに甘くないから!」というのはこのブログを書いている弁護士としても本当にそうだと思うのですが、ここではその議論を差し置いて情報発信を中心とさせて下さい…。

見解として、どちらが優勢か?、…例外は?

訴訟や賠償実務においては、休業損害と後遺障害による逸失利益との場面を区別し、休業損害の場合はやはり固定経費を基礎収入に算入すべきであり、他方、後遺障害による逸失利益の場面ではこれを算入すべきではないと考える見解が優勢ではないか、そのように思われます。
ただ、そのように区別する論拠は、後遺障害による逸失利益の場面では被害者側の経費を抑制するなどといった対応を前提としていることにあります。そうであれば、固定経費の抑制が見込めず、休業損害の場面と同様に固定経費の支出が続き、それを補償する必要がある事案では、やはり休業損害の場面と同様に固定費を計上して計算すべきとの論は立つと思います。

なお、逸失利益の算定において固定費を考慮すべきでないと考える立場からも、例外があります。それは、「事故前に取得した資産に対する『減価償却費』」ですが、この部分は他の記事でご紹介することにしましょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。